日本でライブコマースが普及しない5つの背景を解説


ライブコマースとは、インターネットでライブ動画を配信し、リアルタイムで商品やサービスを宣伝・販売するECの新しい販売方法です。中国ではすでに定着しつつあるライブコマースですが、日本での認知度はまだ高くなく、普及にはほど遠いという状況です。

筆者は、ライブコマースが日本で普及しない背景には、次の5つがあると考えます。

① ライバー(商品のPR・販売をライブ配信で行う人)が少ない
② ライブコマースプラットフォームが発達していない
③ 偽物の流通も多い中国ならではのニーズが日本ではマッチしない
④ 日本人は消費者マインドがあまり高くない
⑤ 中国の「独身の日」のように、日本では消費活動を楽しむ文化がない

これらの環境と消費文化の違いが、中国はライブコマース大国となり、日本ではなかなか進まない、という現在の状況に大きく影響していると考えられます。

この記事では、インターファクトリーでマーケティングを担当している筆者が、ライブコマースが日本で普及しない5つの背景を解説します。

2021年の中国ライブコマース市場は約2兆元(約34兆円)

下図は2021年8月時点のデータですが、中国のライブコマースの市場規模を示したグラフです。

◆中国のライブコマースの市場規模

ライブコマース市場

引用(図):日本貿易振興機構(ジェトロ)「ライブコマース、健全な発展を見据えて(中国)」(2021年7月27日掲載)

グラフを見ると、2017年以降の中国のライブコマース市場規模は、右肩上がりで伸長しており、コロナ禍の需要が追い風となった2021年には、前年比90%増の1兆9,950億元(約33兆9,150億円、1元=約17円)もの巨大マーケットに成長したことが分かります。

日本でライブコマースが普及しない5つの背景

中国では一気に定着したライブコマースですが、日本のライブコマース市場はまだ実験的な取り組みが多い印象です。なぜ日本ではライブコマースが普及しないのか、筆者が考える5つの背景を、中国と比較しながら考えてみましょう。

背景① ライバー(商品のPRや販売をライブ配信で行う人)が少ない

ライブコマースで重要な役割を務めるのが、商品のPRや販売するためのライブ配信で行うライバーです。ライバーがいかに商品の魅力を伝えられるかが、商品購入の鍵となります。

中国では、多くのファンを持ち最先端の情報を配信する多くのKOL(Key Opinion Leader:キーオピニオンリーダー)が存在しており、ライバーとして活躍しています。数億〜十数億円を売り上げる強者もいて、日本のYouTuberのように、一攫千金を狙って参入する人も増えており、ライバー市場はレッドオーシャンの状態です。

参考:ネットショップ担当者フォーラム「【中国EC】「ライブコマース」「C2M」「私域を使った顧客管理」で大きく変わる中国マーケットの今とこれから」(2022年7月20日掲載)

日本にも登録者が数百万人を超える有力なインフルエンサーもいますが、現時点ではYouTube配信や企業案件の商品宣伝などの活動がメインで、ライバー活動として目を引くような事例はほとんどありません。

日本でライブコマースのムーブメントを起こすためには、中国のKOLのようにブームの火付け役となり、市場への影響力を持つライバーの存在が不可欠になります。

背景② ライブコマースプラットフォームが発達していない

中国ではライブコマースに特化したプラットフォームが普及し、多くの人々が日常的に利用しています。

◆中国の代表的なライブコマースプラットフォーム

①淘宝直播 (タオバオライブ) :アリババグループのライブコマースアプリ
②快手(クアイショウ):モバイル向けショート動画アプリ
③抖音(ドウイン):中国版TikTokとも言われているショート動画アプリ

ライブコマースプラットフォームは、ユーザーと事業者の両方に参加、利用してもらうことが重要ですが、日本にはライブコマースに特化したプラットフォームは登場していません楽天市場やYahoo!ショッピングにも、ライブ配信機能はありますが、本格的な運用には至っていないという印象です。

例えば、ライブコマースもできるInstagramの日本国内の月間アクティブユーザー数は3,300万人以上(2019年3月時点)ですが、筆者の知る限り、中国と同規模の売上を生み出すようなライブコマースは行われていません。

参考:Metaプレスリリース「Instagramの国内月間アクティブアカウント数が3300万を突破」(2019年6月7日発表)

中国では、スーパーアプリの「淘宝(タオバオ)」をはじめ、「快手(クアイショウ)」「抖音(ドウイン)」が活況ですが、日本では、ライブコマースに特化したプラットフォームを新たに整備するよりも、LINE、Instagram、TikTok、YouTubeなど、すでに利用者が多いアプリを利用するほうが、普及への近道なのではないかと筆者は考えています。

筆者も実際に「快手(クアイショウ)」を利用してみて、多くのライバーを擁する中国のライブコマースは、非常に勢いのある市場であることを実感しました。

背景③ 偽物の流通も多い中国ならではのニーズが日本人にはマッチしない

中国ではかつて、さまざまな偽物商品の流通が多かったこともあり、消費者は買い物をする際には、「偽物」を警戒して信頼できる取引を重視する傾向が強いようです。

ライブコマースでは、ユーザー自身が信頼を寄せる専門性の高いインフルエンサーがライバーとして紹介している商品を、リアルタイムに購入できるため、安心して買い物ができます。また、ライブコマースでは、ライバーとユーザーとが双方向でやり取りできるため、ユーザーは、店頭で接客を受けている感覚に近い体験を通じてショッピングを楽しめます。

中国のユーザーにとって、ライブコマースでの買い物は、安心して信頼できる商品を楽しみながら購入するための快適な場所でもあるのです。

日本でも偽物の流通はありますが中国ほど大規模ではなく、また、日本では実店舗、EC店舗共に比較的信頼性の高い環境が提供されているため、この点における中国のライブコマースのニーズを、そのまま日本に当てはめることはできません。

背景④ 日本人は消費者マインドがあまり高くない

中国人観光客に関する話題では「爆買い」という言葉をよく耳にしますが、中国国内でも人々が一斉に爆買いする「独身の日」というECの一大セールイベントがあります(「独身の日」については次項で解説します)。その中でも、ライブコマースの収益率は抜きん出ています。ライブコマースが定着しつつある中国の都市部では、旺盛な消費者マインドが育っているのではないでしょうか。

一方、日本ではバブル崩壊以降、旺盛な消費者マインドが影を潜め、現在の人々、特に若い世代はモノをあまり買わなくなったと言われています。

◆日本の年齢別消費性向の推移日本の消費性向の推移

引用(図表):ニッセイ基礎研究所「生涯所得から考える消費支出の動向と、拡大のための政策」(2020年9月17日掲載)

上のグラフが示すように、年齢が若くなるほど消費性向が低くなっています。ニッセイ基礎研究所の記事では、以下のように分析しています。

消費性向(消費支出/可処分所得)低下の内訳をみると、2014年ごろまでは可処分所得の増減に応じて消費支出も変動した結果、消費性向に大きな変化はみられなかった。しかし、2014年以降は可処分所得が増加に転じているにもかかわらず消費支出が伸び悩んだことで消費性向の低下へとつながった

引用:ニッセイ基礎研究所「生涯所得から考える消費支出の動向と、拡大のための政策」(2020年9月17日掲載)

中国のライブコマース市場をみると、ライブコマースでの物販は生活必需品よりも、ファッション、化粧品、家具、家電、雑貨、宝飾品などの取引が中心です。そのため、景気の停滞などの要素が強く反映されていると考えられます。

消費活動を楽しむユーザーが多い中国のように、日本にも数兆円規模のライフコマース市場を生み出すだけの消費者マインドと経済的余裕があるかというと、現状はかなり厳しい状況にあると言えるでしょう。

背景⑤ 中国の「独身の日」のように、日本では消費活動を楽しむ文化がない

中国のライブコマース市場が最も盛り上がるのが、11月11日の「独身の日」です。この時期に開催される年に一度のスーパーセールでの取引総額は16兆円にも上るそうです。

参考:ECzine「取引額約16兆円の中国「独身の日」セール! 日本企業の売上と人気商品とは?」(2022年1月18日更新)

日本でも、海外で生まれた「ブラックフライデー」が定着しつつあり、またECモール大手が開催する定期セールや、キャッシュレス決済のPayPayが開催する「超PayPay祭」など、EC市場を活性化させる期間イベントはあるものの、中国の「独身の日」のように全国民を巻き込むような大規模なセールイベントはありません。

消費者がライブコマースを利用するきっかけとなるイベントがないという背景も、日本の消費者のライブコマース需要が増えない理由の一つと言えるでしょう。

米国のライブコマース市場

中国の大成功を目の当たりにし、テック大国の米国でも大手企業がライブコマースの実験的な取り組みを実施するなど、ライブコマース市場への関心が高まっています。しかし一方では、Meta、TikTokがライブコマース機能の停止を決めるなど、ライブコマース市場はユーザー、事業者共に、まだ発展途上と言えそうです。

米国のライブコマース市場を拡大するためには、広大な米国のどの地域にも商品をすぐに届けられる輸送システムの確立、多くのユーザーが日常的に利用するチャネル内のコンテンツとして定着させるなど、クリアすべき課題もあるようです。

まとめ:ライブコマースの前に、日本はEC化率を上げる必要がある

ライブコマースは、ECにライブ配信を組み合わせた販売形態です。そのため、ライブコマースを普及させるためには、ある程度のEC化が進み、ECでの消費活動が定着している必要があります。

日本でも、コロナ禍の巣ごもり需要などによって、ECやオンラインの利用が進みましたが、2021年の世界の平均EC化率は約19.6%であるのに対し、日本は約8.78%であり、まだまだ後れを取っています。まずはEC利用を増やすことが、日本でライブコマースを普及に向けた一番の近道と言えるでしょう。

参考:経済産業省令和3年度電子商取引に関する市場調査報告書」(2022年8月発表)

少子高齢化が進み、深刻な労働力不足の課題を抱えている日本にとって、ライブコマースという新しい取引形態は、消費者にエンターテインメント性の高い新たな消費体験をもたらすとともに、事業者にとっても顧客満足度と生産性の向上を両立するための打ち手となるのではないかと筆者は考えています。


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ABOUT US
井幡 貴司
forUSERS株式会社 代表取締役。 株式会社インターファクトリーのWEBマーケティングシニアアドバイザーとして、ebisumartやECマーケティングの支援、多数セミナーでの講演を行う。著作には「図解 EC担当者の基礎と実務がまるごとわかる本」などあり、執筆活動にも力を入れている。